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東京高等裁判所 昭和53年(う)2401号 判決 1979年2月21日

被告人 中川こと川崎満男

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一〇〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人市川勝が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事長尾喜三郎が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

第一法令適用の誤りの主張について

所論は、要するに、原判決は原判示罪となるべき事実第一の(一)と(二)の各覚せい剤譲受の事実を併合罪と認定し、刑法四五条前段を適用して処断しているが、右は一個の犯罪であつて、原判決の右評価と法令の適用は誤りであり、この誤りは判決に影響をおよぼすこと明らかである、というのである。

そこで、所論にかんがみ、原審記録を調査して検討すると、証拠によれば、原判示第一の(一)および(二)の事実関係はおおむねつぎのとおりであることが認められる。すなわち、被告人は従前からしばしば覚せい剤を有償で譲り受けていた黒子定雄には本件当時かなりの借金があつて、被告人単独では新らたな譲受を得ることは困難であると考えて、原審相被告人中島絹枝と共同で覚せい剤を入手しようと謀り、原判示当日同女を伴つて原判示黒子定雄方を訪問し、同人に対し中島が代金は自分が必ず近いうちに支払うからといつて覚せい剤約五グラムの購入方を申し込み、これに応じた黒子からすぐその場で代金一〇万円の約で覚せい剤約五グラムを買受け、受領したが、その際、同人から被告人らに対するサービスの趣旨で注射一回分程度の覚せい剤粉末を別に提供され、使用することをすすめられたので、引き続きその場でこれをそれぞれ各自の腕部に注射して使用しているうち、被告人は売主黒子に気付かれないようにして中島絹枝に「あと三パケ引いてくれ」と耳打ちして、この際さらに追加して覚せい剤を買入れようと持ちかけると、中島もこれに応じ、ただちに黒子に対し「自分たちの打ち量としてあと三グラム貸してくれ」と申し込み、他方、黒子は、当日のそれまでの前記のような応待中に、自分が他にも余分の覚せい剤を所持していることを被告人らに見てとられているために、被告人らの迫加の申し出に応ずるほかないと考えてこれをも承諾し、すぐその場でさらに約三グラムの覚せい剤を小分けしたうえ、これも後日中島が代金六万円を支払う約束のもとに同人らに交付し、備忘のため自己のノートに、五月一一日、中島、一六万円と記入した経過が認められるので、以上のような事実関係によれば、原判示第一の(一)および(二)は、まつたく同一の場所で同じ取引関与者がきわめて接近した時間内に前後していずれも同じ覚せい剤の有償譲渡・譲受という態様の行為を繰り返したものであり、二回目の譲受は最初の取引に引き続いて取引分量を迫加する趣旨で為したものであると認められるから、このような諸状況に照らすと、右の二回にわたつて行なわれた覚せい剤の譲受行為は包括して覚せい剤取締法一七条所定の覚せい剤の譲り受けの一罪を構成するものとみるべきであり、従つて本件は右の一罪と原判示第一の(三)の罪の併合罪として処断すべきものである。しかるに原判決がその判示した第一の(一)および(二)の事実はそれぞれ独立した二個の罪であるとし、判示第一の(三)の罪を含めて以上三個の罪が刑法四五条前段の併合罪の関係にあるとしたのは認定事実の評価と法令適用の誤りを犯したもので違法であるといわなければならない。しかしながら本来二個の併合罪であるものを三個の併合罪として法定の加重をした場合であつても、処断刑の上限・下限に差異はなく、宣告刑は正当な処断刑の範囲内であり、かつ、原判決が具体的に量定した刑期も、後に述べるように本件犯罪事実の内容等にかんがみ、これが重すぎるものとは認められないので、前記違法が判決に影響をおよぼすことが明らかであるということはできない。論旨は結局、その理由がない。

第二量刑不当の主張について

所論は、要するに原判決の実刑の量刑は過酷であり、刑の執行猶予の判決が相当であるというのである。

そこで、さらに原審記録を調査し、当審における事実取調の結果を参酌して検討すると、本件は被告人が原審相被告人であつた愛人とともに、かねて被告人が何度も覚せい剤を買い入れたことのある原判示黒子定雄から二回にわたり覚せい剤結晶合計約一〇グラムを代金合計二〇万円で譲り受けたという事案であるが、被告人は窃盗、賍物罪で起訴猶予処分になつた前歴があるほか、物価統制令違反の罰金前科三犯を有し、暴力団と関係を持つ一方、定職なく、本件当時は無為徒食の身であつたものであり、また、かなり以前に本妻や子供を捨てて生活をともにするようになつた内妻がありながら、有夫の女性である原審相被告人に近ずいて深い関係を持つようになり、覚せい剤を入手しては同女方で公然と注射していたもので、その使用の常習者と認められるものであり、本件は前記のように売主に対し覚せい剤購入代金その他の借金が支払えなかつたところから、原審相被告人を誘い、同女の支払能力を利用して入手するに至つたものであり、その量も相当多量であることを考えると、被告人の責任は重大なものがある。しかも、捜査の当初は被告人は本件を身に覚えがないと否認し、黒子なる人物は見たこともないと主張し、取締を不当とするなど無反省な態度であつたものであり、以上、被告人には覚せい剤使用の常習性があり、本件はそれにもとづく犯行であると認められること、従前の生活態度は健全さを欠いた不良なものであつたこと、本件の共犯者を誘つて犯行に引き入れ、また、覚せい剤を使用させていたこと、本件の取扱量が相当多く、将来の再犯のおそれも否定できないことなど犯情を総合考慮すると、覚せい剤事件で処罰を受けるのは今回がはじめてであり、また、郷里から実兄らが上京し被告人を引受けて更生の生活を歩ませる旨誓つていることなど有利な点をしん酌してみても、本件は実刑の避けられない事案であり、また、原判決が量定した刑期もこれが重すぎて不当なものであるとは認められない。量刑不当の論旨も理由がない。

(なお、職権で調査すると、原判決は主文末項において領置にかかわる本件覚せい剤結晶を没収する旨言渡しているところ、これを二名の被告人のいずれから没収するかの明示を欠き、判示が不備であるとのそしりを免れないけれども、理由中の認定事実ならびに摘示の適用法令を総合すれば、認定物件の所有者であると認められる被告人ならびに原審相被告人の両名からこれを没収する趣旨であると推認し得るので、右の不備はいまだ原判決を破棄する理由になるものとは認められない。)

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条により当審における未決勾留日数中一〇〇日を原判決の刑に算入することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 小松正富 佐野昭一 鈴木勝利)

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